その後のその後のゲタ吉
13
スズキキヨミ

Vol.14 「 ビチゴン事件 」

 その昔、俺んちにまだ、洋便が無かった頃の話だ。

それはまだ子供だった俺がおかん達婦人会と温泉旅行の時の事―。

婦人会はバスをチャーターして、県内の温泉に向かう。 だが時間にルーズな人が多いので、出発時間からはいつも大幅に遅れる。
やっとで全員揃ったと思ったら、

『 あ!私、入れ歯忘れた!』

と、家に取りに戻るババァがいたりして、イライラしまくり、俺はせっかちな大人に成長した。

子供が寝た後、おかん達は温泉にある、バーに飲みに行く。

その年も例外ではなく、部屋で子供だけで寝ていた。

一人っ子の俺は、みんなの寝息が耳について、なかなか眠れなかった。
何度も寝返りを打って、眠くなるのを待った。

しばらくして、襖が開き、誰かが入って来た。
足音が、俺の横で止まった。
『 ゲタ吉、ゲタ吉 』

おかんの声だ。
俺は起き上がった。
おかんは
『 ちょっと来て 』
と、俺の手を引いて部屋から出た。
廊下の電灯の眩しさに一瞬、視力を失ったが、おかんに引かれるまま歩いた。

着いた場所は、バーのある地下のトイレだった。
微かに漂う臭いに、嫌な予感がした。
おかんは、並んでいるうちの一つの個室の前に、俺を連れて来た。

『 あれ、見てみ 』

おかんが指差す方向を見ると−。

洋便の便座に、ウンコがこんもりと乗っていた−。

パッと見、便所にウシガエルがいるようにも見えた。

『 こんな便所初めてやから… 』

おかんは、笑いながら言った。
俺も、腹を抱えて笑った。

『 おかしいやろ!小便チビる〜 』

自分のウンコを前にして、ここまで他人ごとの様に、笑う大人がいるだろうか?

『 掃除するから、あんたも手伝って 』

普通、子供に頼るか?

おかんに言われるまま、ありったけのトイレットペーパーを使って、ウンコを取り、用具置き場からホースを持ち出し、水で洗い流した。

『 あ〜、温泉来て、夜中に便所掃除するとは思わんかったわ〜』

悪びれもせず、おかんは言った。

『 この事は、ウチで言ったらダメ。学校の作文にも書いたらダメ。解った?』

おかんは、普通の母親のように、俺にそう言った。


おかん、ごめん。
コラムに載せたわ。

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